サンディエゴ湾に浮かぶリゾート地、コロナド島。そこに佇むホテル・デル・コロナド（Hotel del Coronado）は、1888年の創業以来、アメリカのホテル史に名を刻む歴史的ホテルです。ヴィクトリア朝様式の美しい木造建築、数多くのセレブリティや歴史的瞬間との関わり、そして目の前に広がる白砂のビーチを含め、このホテルは単なる宿泊施設ではなく、アメリカのリゾート文化を象徴する伝説の舞台になっています。
そんなホテル・デル・コロナドが、2025年6月、6年以上にわたる大規模リノベーションを経てついにグランドリニューアルを果たしました。総額5億5000万ドル超が投じられたこのプロジェクトは、単なる改修ではなく、伝統と革新の融合による再創造ともいえるものです。
19世紀末のアメリカは、鉄道の発展とともに新たな観光文化が芽生えた時代。そのなかで西海岸のリゾート地として注目を集めたのが、コロナド島でした。1888年、ホテル・デル・コロナドは「電灯」「電話」「エレベーター」「専用バスルーム」など、当時としては驚くほど近代的な設備を備えた大型リゾートホテルとして誕生しました。また、火災対策のスプリンクラーや監視システムも導入されており、その先進性はヨーロッパの貴族が驚くほどだったといわれています。内部にはヨーロッパ製の高級陶磁器やリネン、東洋の家具を配し、まさに西洋と東洋、過去と未来が出会う空間でした。
このホテルを一躍有名にしたのが、1959年に公開された映画『お熱いのがお好き（Some Like It Hot）』。マリリン・モンロー、トニー・カーティス、ジャック・レモンらが主演したこの名作のロケ地として、ホテル・デル・コロナドは世界中にその名を知られることになります。モンローが撮影中に滞在していたスイートルームは、現在も“Marilyn Monroe Suite”として予約可能で、多くのファンが訪れています。
そのほかにも、チャールズ・リンドバーグが大西洋単独飛行の成功を祝った晩餐会の会場として使用された「ザ・クラウン・ルーム」や、ベンジャミン・ハリソンからバラク・オバマまで、歴代アメリカ大統領の滞在・講演の舞台となったこともあります。近年ではブラッド・ピットやスティーブン・スピルバーグ、ウーピー・ゴールドバーグなど、現代のスターたちもこの場所を訪れており、ハリウッドとホテルのつながりは今なお健在です。
2018年から始まった今回のリノベーションの中心となったのは「ザ・ヴィクトリアン」と呼ばれる創業当時の木造建築群の保存・改修でした。約1.6億ドルが投次られ、ホテルを象徴する3つのヴィクトリアン・ボールルーム──クラウンルーム、コロネットルーム、オーシャン・ボールルーム──も丁寧に修復され、創業時の華やかさと格式が蘇りました。特にオーシャン・ボールルームでは、天井に描かれた1888年当時のフレスコ画が工事中に発見され、保存専門家によって見事に復元されました。美しい噴水の中庭も完全に修復されたほか、ロビー、正面ポーチ、ベランダ、客室なども、ヴィクトリア朝の意匠を残しつつも最新設備にアップデートされています。改修後のヴィクトリアン棟の客室数は367室から404室へ増加し、より多くのゲストを受け入れる体制が整いました。
今回のリニューアルにより、ホテルは単なる「泊まる場所」から「滞在そのものが目的」となる体験型リゾートへと進化しました。ミシュランガイドにも掲載されている「Nobu」と、オーシャンフロントのテラスが魅力の「Veranda」が、新たにヴィクトリアン棟にオープンしたほか、その他のダイニング施設も全面的にリニューアルされています。また、拡張されたフィットネスセンターでは、ビーチヨガやマインドフルネスなど多彩なウェルネスクラスが用意され、スパ＆サロンもリニューアルオープン。敷地内には、ホテルの歴史を伝える「アイスハウス博物館」やプライベートビーチ、ショップも点在しており、ホテルの敷地内だけで数日間の滞在が完結するほどの充実ぶりです。なお、リニューアルに伴い宿泊料金は以前よりも上昇していますが、提供されるサービスや体験の質を考えれば、その価値は十分にあるといえるでしょう。
ホテル・デル・コロナドは、今回リニューアルの中心となったヴィクトリアン棟のほかにも、プールサイドで開放的に過ごせる「カバナス棟」、太平洋を望む客室がそろう「ザ・ビューズ棟」、そして2022年に完成した高級レジデンシャルスタイルの「ショアハウス棟」など、滞在スタイルに応じた多彩な施設が用意されています。旅の目的や同行者にあわせて、理想の滞在が選べるこのホテルの魅力も今回のリニューアルでさらに洗練されたものへとなりました。
ホテル・デル・コロナドへのアクセスは、サンディエゴ（San Diego）のダウンタウンから車で約15分。美しいアーチを描くコロナド・ブリッジを渡るルートは、まるで空中散策を楽しむかのような爽快さがあります。もうひとつのルート、シルバー・ストランド・ブルーバードは太平洋を左手に望むまっすぐな道。どちらを選んでも、ホテルへ向かう道のりそのものが特別な旅の一部になることでしょう。
ホテル・デル・コロナドは、アメリカの建築遺産であり、歴史と文化の交差点ともいえる場所。今回のリノベーションは、過去の輝きを尊重しながら、未来へ向けてその魅力を再定義する試みでもありました。ロードトリップの途中で立ち寄るのもよし、特別な旅の目的地として計画するのもおすすめです。サンディエゴを訪れる際には、ぜひこの美しいホテルで、時を超えたひとときを体験してみてはいかがでしょうか。
Hotel del Coronado
Address: 1500 Orange Ave, Coronado, CA
Web Site: Hotel del Coronado
photo: ©Hotel del Coronado