カリフォルニアを代表するワイン産地、ナパバレー(Napa Valley)。ブドウ畑の広がるハイウェイ29号線を走っていると、誰もがつい車を止めて写真を撮りたくなる場所があります。それが“Welcome to Napa Valley”と大きく書かれた木製看板です。この看板はいまやナパの象徴として知られ、記念撮影の定番スポットになっていますが、実は多くの人が知らない物語が隠されています。
この看板が生まれたのは1949年のこと。当時、ナパバレーのワインは今ほど有名ではなく、カリフォルニア産ワインというだけで「安価なテーブルワイン」と思われることも少なくありませんでした。そんな中で地元のワイン生産者たちは、地域全体で力を合わせて“ナパ”という名前を広め、ブランドとして確立していく必要があると考えました。彼らが立ち上げた業界団体「Napa Valley Vintners(ナパ・バレー・ヴィントナーズ)」が、その第一歩として設置したのがこのウェルカムサインだったのです。

デザインを手がけたのは、地元アーティストのローランド・ハウク。木材にはカリフォルニア産のレッドウッドが使われ、風合いと耐久性を兼ね備えた温かみのある仕上がりになっています。看板に添えられている “…and the wine is bottled poetry.”(ワインは瓶詰めの詩である)という一文は、作家ロバート・ルイス・スティーヴンソンが19世紀にナパを訪れた際に残した言葉です。ナパのワインづくりに込められた情熱を、詩のような表現で伝えるこのフレーズは、いまでもこの地のスピリットを象徴するものとして受け継がれています。

こうして生まれたウェルカムサインは、単なる案内板ではありませんでした。地域の入口にシンボルを掲げることで、“ナパバレー”という名前そのものを印象づけ、ワインの本場としての存在感を高める狙いがあったのです。1950年代以降、サインは旅行ガイドや雑誌などにも登場し、ナパバレーが「ワインの聖地」として知られるきっかけとなっていきました。1980年代にはアメリカ政府によるワイン産地認定制度「AVA(American Viticultural Area)」が始まり、ナパバレーはその代表的な地域として世界中に知られる存在へと成長していきます。
現在、南北2か所に設置されているウェルカムサインは、旅人を出迎える“ナパバレーの顔”として、年間を通して多くの人が訪れる人気スポットになっています。インスタグラムなどSNSでも頻繁に目にする定番撮影ポイントですが、その背景にある歴史や想いを知ってから訪れると、同じ一枚の写真でも、きっと特別な一枚になるはずです。

ナパバレーをロードトリップで訪れるときは、ぜひこの看板の前で車を止めてみてください。ワイン産地としての道を切り開いた人々の情熱に思いを馳せながらシャッターを切れば、その旅の記憶はきっと、より深く心に刻まれることでしょう。
Location / Address
photo:© Bob McClenahan, courtesy Visit Napa Valley