【連載】クルマが旅を進化させる — 技術とロードトリップの最前線
「カーボンニュートラル」という言葉を耳にする機会は、この数年で格段に増えました。自動車業界はもちろん、旅行や観光の分野でも避けて通れないテーマになりつつあります。ロードトリップの世界も例外ではなく、いかに環境負荷を抑えながら移動を楽しむかが問われています。
カーボンニュートラルへの道すじは一つではありません。各国・各メーカーは「マルチパスウェイ」として、多様な選択肢を組み合わせながら未来を描いています。とりわけ燃料に目を向ければ、エンジンを搭載した自動車を動かす方法もひとつではありません。ガソリン車向けにはエタノール、ディーゼル車向けにはFAME(国内では最大5%の混合が認められる)や次世代バイオディーゼル「HVO(Hydrotreated Vegetable Oil)」があり、その先には再生可能エネルギー由来の合成燃料「e-Gasoline」「e-Diesel」といったe-Fuelも開発が進んでいます。電動化が大きな潮流であることは間違いありませんが、それだけでロードトリップの文化を支えるのは容易なことではありません。いま走っているクルマをどう活かすかという道筋も、同時に探っていく必要があるのです。
その中でも、HVOの普及は目覚ましい勢いを見せています。EU全体でHVO100と明記された給油機のあるガソリンスタンドは5000ヶ所を超え、ヨーロッパを旅していると「HVO100」の表示を目にすることも珍しくなくなってきました。ドイツでは2024年5月にHVO100が正式に販売可能となり、ミュンヘンやベルリンといった都市圏にもスタンドが登場。さらにEU規制の強化を背景に、2026年には需要が過去最高を更新すると見込まれています。イタリアのエネルギー企業eni社を例にとっても、2023年時点で約641ヶ所だったHVO対応スタンドは、2026年には1200ヶ所へと拡大しており、民間レベルでも急速な広がりを見せています。

HVOは廃食油や植物油を原料に水素化して製造する燃料で、既存の軽油インフラやディーゼルエンジンでそのまま使える「ドロップイン燃料」としての特長を持っています。燃焼時にはCO₂を排出しますが、原料となる植物が成長過程で吸収したCO₂を差し引けば、ライフサイクル全体では実質カーボンニュートラルに近づくとされています。つまり、環境負荷を抑えながら、いま走っているディーゼル車をそのまま活用できるというわけです。日本でもユーグレナ、マツダ、平野石油などが協力し、軽油にHVOを51%混合した燃料「サステオ」を普及させる取り組みを始めています。供給量や価格の課題は残るものの、次世代燃料の社会実装はすでに動き出しているのです。
自動車メーカーもHVO対応を進めています。マツダがCX-60/CX-80に搭載した直列6気筒ディーゼル「SKYACTIV-D 3.3」はHVOを含む代替燃料に対応する設計となっており、従来の軽油と同等の性能と排出ガスを実現することが確認されています。さらに、電動化技術を組み合わせたマイルドハイブリッド仕様「e-SKYACTIV D 3.3」もHVOに対応し、燃料とハイブリッドシステムの相乗効果によってCO₂削減性能を一段と高めています。製造から走行までを含めたライフサイクル全体の排出量(LCA)では、HVOを使用した場合にBEVを凌ぐ削減効果を示すケースもあり、内燃機関の可能性を広げる重要な事例となっています。



ロードトリップの視点で見ると、HVOの魅力は「いまあるクルマをそのまま使える」ことにあります。長距離走行に適したディーゼルエンジン搭載車を手放すことなく、環境負荷を減らしながら旅を楽しめます。しかも既存のガソリンスタンドで給油できるため、特別なインフラを必要としないのも利点です。
さらにHVOは「走る歓び」と「持続可能性」を両立させる燃料でもあります。エンジンの鼓動やサウンドを残しながら、持続可能な形で旅を続けられるのは、長い年月で築かれてきた自動車文化やロードトリップ文化を継承するうえでも大きな意味を持ちます。既存の自動車が持つ本来の魅力をそのまま残しつつ、未来につなぐ役割を果たすのがHVOなのです。
バイオ燃料は、EVと対立するものではなく、選択肢を広げる存在といえるでしょう。すべての地域でEVインフラが整うには時間がかかる一方、HVOは既存の供給網を活かして比較的早期に普及できる可能性を秘めています。持続可能な旅の形は一つではなく、複数の技術が並走しながら進化していくことで実現します。未来のロードトリップをより豊かなものにするために、HVOのような次世代燃料は欠かせない存在なのです。
※FAME(Fatty Acid Methyl Ester)
植物油や動物脂肪を原料としたバイオディーゼル燃料。日本では軽油に5%まで混合が認められている。
※HVO(Hydrotreated Vegetable Oil)
植物油や廃食油を水素化して製造する次世代バイオディーゼル。既存インフラで使用可能。
※e-Fuel
再生可能エネルギー由来の水素とCO₂から合成される合成燃料。e-Gasolineやe-Dieselなどが開発中。
photo:© Mazda © hvo-karte.de