【連載】クルマが旅を進化させる — 技術とロードトリップの最前線
欧米ではEV(電気自動車)の普及が着実に進んでいます。2023年の時点で新車販売に占めるEV比率はヨーロッパで20%を超え、アメリカでも8%前後に達しました。PHEV(プラグインハイブリッド)も含めれば、さらに大きな割合を占めており、自動車の電動化は確実に広がっています。
かつては都市部での日常使いにとどまるイメージが強かったEVですが、航続距離の拡大とインフラ整備の進展によって、ロードトリップにおいても現実的な選択肢へと変わりつつあります。例えばテスラのModel Sロングレンジの航続距離は約650km(米国EPA基準)を超え、メルセデス・ベンツ EQSは750km(欧州WLTP基準)以上の航続を実現。さらに新興ブランドのルシード Airは820km(米国EPA基準)近い数値を記録するなど、わずか10年余りで「長距離は不向き」とされたイメージを覆し始めています。
EVの普及は、インフラ面での変化も大きく影響しています。北米では充電規格の統一が進み、テスラのスーパーチャージャー網が他社EVにも開放される流れが加速しています。350kW級の急速充電器を利用すれば、30分足らずで80%まで充電可能になり、観光や食事の合間にバッテリーを補充できるようになりました。また、ビジターセンターやホテルの駐車場に設置される充電器も増加傾向にあり、シーニック・バイウェイ沿いにも新しいスポットが誕生。観光ルートと充電インフラが重なり合うことで、旅そのもののリズムがEVによって変わり始めています。

旅行者にとっては、レンタカーでEVを選べるようになったこともひとつの魅力です。これまでは購入検討者や一部のユーザーに限られていた体験が、旅先で数日単位から可能になっているのです。独特の加速感や静粛性を味わえるのはもちろん、短期間ながら未来のモビリティによる移動体験は、旅の記憶を彩ってくれるでしょう。
一方、EVでのロードトリップには注意も必要です。地方や田舎では充電器の数が限られ、休止中のケースも少なくありません。長距離移動を計画する際には、事前に利用可能なポイントを確認してルートを組み立てることが欠かせません。また都市部では、充電にかかる数十分はクルマを停めることになるため、防犯や事故などへの備えも必要になるでしょう。給油に比べて時間がかかるという前提で、安全な場所を選んで充電する意識が求められます。
こうした課題を抱えつつも、持続可能な観光と環境保護への意識の高まりから、各国・各地の観光局はEVでのロードトリップを積極的に提案しています。その一例として、オレゴン州観光局「Travel Oregon」は公式サイトでEV向けのロードトリップルートを公開しており、自然豊かな景勝地をめぐる道筋とともに、どこに充電施設があるかをきめ細かく案内しています。これにより利用者は安心して旅を計画でき、充電そのものが観光の一部になるよう工夫されています。技術はまだ進化の途中ですが、EVの普及スピードは加速しており、数年後には現在の課題の多くが解決される可能性も高いでしょう。


ガソリン車よりもこまめな充電が必要になる分、EVの旅はより多くの場所に立ち寄るきっかけをつくります。これまで知らなかった町や景色との出会いも増えることでしょう。そして静かな車内は、エンジン音に遮られることなく会話が楽しめ、窓を開ければ鳥のさえずりや風の音といった自然の声に気づくはず。EVは旅を制限する存在ではなく、旅を深める存在へと進化しています。持続可能性と体験の豊かさを両立するロードトリップの未来は、すでに始まっているのです。
*1WLTP(Worldwide harmonized Light vehicles Test Procedure)
欧州で採用されている燃費・航続距離の測定基準。実走行に近い条件でテストされるのが特徴。
*2EPA(Environmental Protection Agency)
アメリカ環境保護庁の基準。WLTPより厳しい条件で測定されるため、実際の航続距離に近い数値とされる。
photo:© plusroadtrip © Travel Oregon